『新任管理者の育成』第3回
【例外的で、好ましくない状況に対処する】
この稿では、これまでマネジメントの基本的な役割について触れてきました。しかし、実際のマネジメントでは色々な事が起こります。良いこともあれば、悪いことも、ですね。管理者としては、トラブルや問題発生など、例外的に発生する好ましくない状況となった場合に、その役割の大きさを感じることになります。
管理者は、このような例外的で好ましくない状況が発生した時には、それを解決するリーダーシップを発揮しなければなりません。なぜなら、そのための準備があらかじめできていないケースが多いからです。
今回の事例は、このような問題発生のケースです。
【問題解決策のおかげでとんでもないことに・・・】
電話が鳴っている。課長の鞍馬は自宅にいた。すると妻の少し大きな声がした。
「あなた、会社の北大路さんから電話よ。何か急いでいるようだけど。」
妻の声に促され、鞍馬は電話口に出た。今日は日曜日で会社は休みであったが、部下の北大路は、得意先の小売店へ出向いていた。
「おう、北大路君か。休みなのにご苦労様。」
のんびりした口調の鞍馬の耳に突き刺さるように、北大路の声が飛んできた。少し声が上ずっている。
「課長、お休みのところすいません。いま、京都屋さんに来ているんですけど、今日からスタートする京都屋さんのキャンペーン用の商品がまだ届いていないんです。昨日が納期でして、ちゃんと手配してあるはずなんですが、昨日、届いていないし、今日になっても届いていないんです。先方の店長は、昨日、会社の方へ電話したそうですが、昨日は会社が休みで連絡が取れていないんです。私は今日、キャンペーンの応援で来たのですが、さっそく店長から怒鳴られまして、何とかしろ、と言っているんです。物流センターは、今日、休みですから、どうしようもなくて、まずは課長に連絡しようと思いまして。」
「そうか。状況は分かった。しかし、物流センターが休みなんだから、どうしようもないな。ここは、ひたすら店長に謝るしかないな。それで何とかおさめてくれよ。」
「はぁ…」力のない北大路の声が返ってきた。
翌日、鞍馬が出勤すると、自分の席に北大路が待っていた。それを見つけた鞍馬は自分から声をかけた。
「よう。北大路君、おはよう。昨日は大変だったな。何が原因だったんだ。」
のんびりした鞍馬の口調に少し苛立ちを感じながら、北大路はそれに答えた。
「ええ、とにかく店長からは、こっぴどくやられました。それで原因なんですが、今朝、物流センターに電話して確認しましたら、そのような出荷指示は来ていないって言うんです。出荷指示は今出川君の担当ですから、私は間違いなく彼に出荷伝票を渡したんですが。」
鞍馬は、北大路の話を聞いて、きょうから4連休の休暇をとっている今出川が物流センターへの指示を忘れたに違いないと思った。
「そうか、今出川君のミスか。今出川君は問題だな。会議なんかでも、いつも眠そうな顔をしているし、それにだいたい茶髪だろ。社会人が髪を染めるなんて、だいたい彼は、仕事よりも遊びが大事なんだろうな。」
そんな鞍馬の口調に、北大路は少し慌てた。
「ちょっと待って下さい。課長、私は、今出川君のミスだと言っているわけじゃありませんよ。」
「いや、君の言いたい事は分かるが、今回の問題は彼のミスだよ。」
鞍馬は決めつけるように言った。
いつも優柔不断な鞍馬だが、こんな時だけははっきりしている。事実、鞍馬はそう思った。鞍馬はさらに、今回のような問題を再発させないためにも、出荷指示の担当から今出川を外そうと考えていた。「課員は他にもいる。彼を外せばもう、同じような問題は起こらなくなる。」鞍馬は自分自身の思いに、自分自身で納得した。
ところが、4連休が明けて出勤してきた今出川は、「そんな事はありません。確かに出荷指示は出しました。」と言うのである。そして、今出川は出荷指示を出した証拠もまた持ってきた。出荷指示書のコピーである。
鞍馬は混乱した。今出川のミスだとばかり思っていたのに、そうではなかったのである。調べてみると、出荷指示書は余裕を持って5日前に起票され、その日のうちに物流センターへ送られていた。しかし、物流センターは、それを受け取っていないと言う。出荷指示書は、本社から物流センターへFAXで送る事になっている。
鞍馬は、今出川の話を聞かず怒鳴りつけてしまった事を後悔しながらも、物流センターが受信したFAX文書を担当者に渡しそこねたに違いないと思った。物流センターには、たくさんのFAXが来るので、その中の1枚を紛失したのだろうと考えた。
後日、鞍馬は、物流センター長に会い、今回の問題を話した上で、今後FAXでの連絡は止めにしたいと申し入れた。鞍馬の頭の中には、日頃から物流センターへの不満があった。何かイレギュラーな仕事を依頼すると、「手が足りない」「時間が足りない」といつも断られていた。こちらは客先からの要望があってやむなく頼んでいるのに、いつも何かしらの理由をつけて断られるのである。
物流センター長との話の結果、今後はe-メールで出荷指示をする事となった。が、しかし、e-メールでは、出荷指示に対する課長の承認印が確認できないので、FAXでの連絡も同時に行い、物流センターでは双方を確認した上で、出荷作業にとりかかる、という事にした。
大変な手間である。しかし、問題を起こすよりは、ということで、この方法でやることとなった。
それから2週間が過ぎた。今出川が鞍馬の席にやってきた。
「課長、すいません。この前のトラブルなんですが、原因が分かりました。実は、あの時の出荷指示のFAXは、私が起票して、有栖川さんにFAXしてもらうように頼んだんですが、そのときの物流センターへのFAX文書が他にもいろいろありまして、どうも出荷指示書の1枚だけが送信されなかったようなんです。FAXは時々、紙が2枚同時に流れてしまい、1枚しか送信されないということがありますよね。特にウチのFAXは古いですし、私にも実際にそのような経験があります。有栖川さんにこの前のトラブルの話をしたら、コピーの送信記録を調べてくれて、8枚送信したのに、記録は7枚になっていたというんです。これで、原因がはっきりしましたね。今後こういう問題を無くすには、FAX機を入れ替えた方が良さそうですね。」
鞍馬は返す言葉がなかった。鞍馬と物流センター長で決めた新しいやり方は、トラブルが多発していた。e-メールのみを送って、課長承認印のあるFAXは後で送るからと、先に出荷を先行させる依頼が多発し、物流センターが大混乱していたのである。
【不適切な問題解決策の実行は大きなロスに】
問題発生は十分に予防しなければなりませんが、それでもやむなく発生してしまうものがあります。このとき、適切な解決策を検討し、実行しなければ次のような事態を招いてしまうでしょう。
- 同じ問題が再発する。
- 解決策の実行自体が、無駄なコスト(時間、手間、費用など)となる。
- 解決策をやり直すことになればさらなるコストがかかる。
- 自身だけでなく、周囲にも負担をかける。
このような事にならないよう、問題は的確に把握し、適切な解決策を実行しなければなりません。
【問題解決策策定で重要なことは・・・】
問題の解決策を検討するうえで最も重要なことは、原因の的確な究明です。解決策とは「原因を取り除く策」ですから、原因の把握が不正確であると、解決策が効果を生まなかったり、不十分であったりするのです。
すなわち、解決策の効果の大小は、原因究明という思考プロセスが最も重要であるといえます。原因究明という思考作業次第で、解決策の効果が決まってしまいますので、問題解決の失敗は「思考ロス」であるとも言われます。
【論理的な問題解決思考力が不可欠】
「問題」とは、目標(ありたい状態・姿)と現状(いまの状態・姿)のギャップを言います。このギャップを取り除くことが、すなわち「問題解決」と言われるものです。
現在は目標を達成していても、さらに高い目標を掲げればギャップは生じます。このように考えると、仕事(少なくともより良い、より高い結果を求める仕事)は、すべて問題解決であるといっても過言ではありません。
この問題解決策策定においては、論理思考(ロジカル・シンキング)が有効です。少し大げさに言えば、世界中のビジネスは論理思考のもとに遠泳されていると言うこともできるでしょう。論理思考力(ロジカル・シンキング・スキル)は、管理者として不可欠な能力と言えます。
もし、あなたが今、論理思考を知らなかったら、いますぐ論理思考を学習を始める必要があります。論理思考によって、効果的で効率の良い対策決定ができ、正確で効率的なコミュニケーションや説得力のあるプレゼンテーションが実現します。また、コーチングなど人の心に関するテーマも論理思考で体系が組まれています。論理思考はすべてのビジネス活動の基本と言ってもよいでしょう。
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